2020.05.02地域歴史情報

石狩市の成り立ちと歴史~29の町村が1郡1町村に統合されるまで~

過去20回に渡って小樽の各地域の歴史について紹介をして来ましたが、今回は石狩市の成り立ちとその歴史について紹介してゆきます。
本記事のスポンサー:北章宅建の創業地・本店所在地は実は石狩市という事もあって、今後も引き続き小樽についての記事も執筆してゆきますが、レパートリーの一つとして、石狩についても紹介してゆくことになりました。

さて、石狩市は札幌市の北側に隣接するベッドタウンです。大きく日本海に面している為、港湾があり、水運や漁業が盛んなエリアです。1990年代以降人口は概ね5万人台で推移しており、これは札幌市の南側に隣接する北広島市と同程度の人口規模であると言えるでしょう。
札幌市のそれぞれ西側の小樽市、東側の江別市の人口規模はそれぞれ12万人前後ですから、それら2つの市よりも規模は随分と小さいと言えますね。(小樽は古くからの港湾都市で観光地、江別は工業地帯でもあるのですが

石狩市の特徴としては、『軌道交通がない』という事がよく指摘されます。
軌道交通とは、軌道≒線路に沿う交通機関で、いわゆる鉄道とか電車とか呼ばれる類のもので、平たく言えば地下鉄であるとかJRですね。

人口2万人未満、石狩市の東側に所在する当別町には規模はともかくとして5つのJR駅があり、更に駅の新設予定まであるのですから、不思議なものです。
その分、自家用車やバスやモータリゼーションが発達しています。また石狩市の中心部は札幌と同様に碁盤の目の区画割がされており、道路幅が比較的広めであるという特徴もあります。

さて、石狩の歴史を紹介してゆくにあたって北海道にお住まいの方でも、石狩市の全容をしっかり把握している人というのは少ない(というか、それは札幌であっても小樽であってもどんなエリアだって同じな訳ですが)ので、現在の石狩市の全体像を見てみましょう。

これは石狩市立図書館から借りて来た、石狩市の小学3・4年生用の社会科資料です。

ディフォルメされてはいますが、日本海に沿って南北に細長い立地であること、国道337号線国道231号線が主要な道路であることなどが分かりますね。
きちんとした地図で見るとこのようになっています。

 

石狩市はこのように南側から旧石狩町エリア厚田区浜益区の3つのエリアに分かれており、これは元々石狩郡石狩町、厚田郡厚田町、浜益郡浜益町の3つの町が由来となっています。

それでは、現在のこのような形となった経緯について時系列を追ってみてゆきましょう。

明治2年には開拓使が置かれ、北海道の名称が定められます。現在の石狩には石狩郡、厚田郡、浜益郡が置かれます。
この頃は開拓使の制度自体が急造のもので、実際にはまだまだ整備がなされておらず試行錯誤の状態であり、大正時代に入るまでの間は制度的にも変革が激しい時代でした。

また、石狩は明治以前から漁業が盛んであり、江戸時代、1700年代以降、イシカリ十三場所、アツタ場所、ハママシケ場所などがあり、複数の集落があったのですが、明治期初期には29の町村が成立し、それが合併を繰り返して現在の石狩市となります。

石狩町年表

明治中期に最大で48町村が存在し、分離と合併を繰り返した小樽市ほど複雑な動きではなく、合併によって収束していくのみですが、それでもこれらすべてを追っていくと逆に分かりづらくなってしまいますから、全体像は示してゆくものの、今回は厚田郡と浜益郡の説明については最低限とし、石狩郡の中でも特に旧:石狩郡石狩町の説明を中心としてゆきます。


さて、明治4年頃の旧:石狩町エリアの地図を見てみましょう。

当時は行政区画ごとの境界が不明瞭な部分がありますのでこの地図には境界線を記載していません。

明治4年、戸籍の整備の為に町名を付ける必要があり、石狩郡内の旧来の市街地に親船町船場町弁天町横町本町仲町新町浜町若生町八幡町という10つの町名が設定されました。
石狩川左岸(西側)の河口部ー地元の方には『親船町の周辺』というと分かりやすいでしょうかーは、江戸時代から鮭漁が盛んであり、イシカリ十三場所と呼ばれるアイヌ民族と和人との交易地も存在していました。

また、石狩川右岸(東側)の若生町には明治4年明治8年まで開拓使石狩出張所が置かれました。
その後、組織変更されて同じ場所で明治開拓使本町派出詰所、開拓使石狩分署と名称が変わってゆきますが実態はそう大きく変わらなかったのはないかと考えています。明治12年には親船町に場所を移して石狩・厚田・浜益・上川・樺戸・雨竜・空知・夕張郡役所として一帯の自治体を管轄する、現在でいうところの総合振興局のような役所が出来、翌明治13年には同じ親船町に石狩郡10町の戸長役場が置かれ、それが周辺の町村も含む郡役所へと移行してゆきます。

名称は管轄が拡大するにつれ次々と変更しているのですが、それは省略するとして、空知地方まで含んだ広い範囲を管轄していた事から、石狩は開拓使にとってそれなりに重要な位置を占めていたことが分かりますね。
開拓使本府が置かれた札幌、複数の屯田兵村が置かれた江別との間を結ぶ石狩川を利用した水運・舟運の拠点としてこの場所が栄えたのは自然な事であると言えるでしょう。
小樽が商業都市として全国各地との間の交易の拠点でしたが、石狩については北海道の内陸部との交易の拠点として別の役割を有していたと言えるでしょう。
現在の石狩市というと内陸部で札幌市に隣接する花川エリアに人口が集中しており、現在の市役所も花川北6条にありますが、それ以前、石狩町役場は親船にありましたし、令和2年3月に閉校した石狩小学校も横町にあった訳で、石狩のかつての中心地は石狩川の河口に突き出した小さな半島部のエリアだったという事が分かります。

また、同じ明治4年、石狩郡の東側に花畔村と南西側に生振村が開村します。それぞれ「ばんなぐろ」「おやふる」と読みます。
どちらも漁業や水運ではなく農業・酪農を主産業として本州の各地から開拓移民が入植します。

今回は詳しく紹介しませんが、前掲の表の通り、石狩郡以外の厚田郡、浜益郡でも入植によって次々と集落が開村してゆきます。

明治初期は国防と殖産の目的で半ば詐欺のような謳い文句で開拓移民を募っていた時代であり、この頃は開拓移民による町村が次々と生まれた時代でした。
また、ありとあらゆる制度が試行錯誤という状態で、社会的な整合性や安定性という意味ではかなり難のある状況でした。

時代はやや下って明治15年、花畔村と石狩郡の間に樽川村が開村します。こちらも農業を主産業とした集落でしたが、この年は特にバッタが多かったとの事で、トノサマバッタの大発生による蝗害が発生していたとの事です。

石狩市のお隣の札幌市手稲区には現在も残るバッタ塚という石碑がありますが、これは開拓使が蝗害の被害に伴って農民から買い取ったバッタを埋めたことによるもので、蝗害の被害が最も大きかった時期というのが明治13~15年頃という事ですから、ちょうど同時期にあたりますね。

樽川村に限った話ではありませんが、この周辺は石狩川下流の泥炭地で、お世辞にも農業に向いた土地であったとは言い難いものがありますが、開拓民は懸命に各村を開拓してゆきました。

この頃は最も町村が多かった時代ですね。各種資料で若干のばらつきがあるものの、境界線が概ね判明していますので青線で記載しています。

そして、明治末期にはそれまでに各地で乱立した町村を整理する必要性が出てきます。
明治30年には北海道一級町村制北海道二級町村制が施行、明治32年には北海道区制が施行して同時に札幌区、小樽区、旭川区が設置、そして明治35年には北海道二級町村制が大幅に改正され、それに関連して石狩郡では石狩川河口付近の10町生振村が合併して石狩町に、花畔村樽川村が合併して花川村となります。
また、この地図には含まれていませんが、石狩郡内の町村として石狩町の東隣に同明治35年当別村=現在の石狩郡当別町が開村しています。

石狩町と花川村の2つまで町村が減りましたので、ずいぶんすっきりしてしまっていますね。ここで見ても分かる通り、現在の石狩市の中心となっている商業地・住宅地は旧:花川村のエリアなんですね。

同じ年には同様に厚田郡厚田村望来村浜益郡浜益村黄金村と、各郡2町村まで統合されます。

こんな感じですね。ずいぶん整理されて来ました。

その後、明治40年には石狩町花川村合併、また他の郡も厚田郡厚田村浜益郡浜益村へと合併され、3つの町村に集約されていきます。
札幌や小樽は大正や戦前も頻繁に行政区の合併を繰り返してゆくのですが、石狩市については、微妙な変化はあっても大枠ではこの3町村体制が平成まで続いてゆきます。

ここから先、石狩はどのような変遷を辿るのか、次回以降紹介してゆきましょう。

当記事は石狩エリアでインターネットに掲載されていない物件情報や、地域ならではの不動産の売却・購⼊・賃貸・管理に関するノウハウを有するイエステーション:北章宅建株式会社のスポンサードコンテンツです。

石狩エリアの不動産に関するご相談はイエステーション⼩樽・余市・手稲・⽯狩の各店舗への依頼をお薦めします。

細井

【参考文献】
石狩町『石狩町史 上巻』昭和47年
石狩町『石狩町史 中巻一』昭和60年
石狩町『石狩町史 中巻二』平成3年
石狩市『石狩町史 下巻』平成9年
石狩市『石狩市年表:石狩市史/資料編1』平成15年
石狩市『石狩ファイル』各号
厚田村『厚田村史』昭和44年
浜益村『浜益村史』昭和55年

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