2021.09.30地域歴史情報 お役立ち情報

北海道札幌市手稲区 鉄道でぶらり日誌

今回は北海道札幌市の手稲区の中でも、鉄道が通っている地域と鉄道のことをお伝えしていきます。
手稲区はかつて小樽市と石狩市の主要2ヶ所を結ぶ地域として、交通の要所となってとても栄えました。その名残もあり、この辺りには有名な鉄道、函館本線が今でも通っています。
函館、長万部、小樽、札幌、旭川といった北海道の主要の街をひと通り押さえているJR北海道の鉄道、地域住民に愛されている函館本線に関係の深い記事を、手稲区の情報とともにお伝えしていきます。

実は昔、馬車鉄道が通っていた

実は、「前田」地域では、昔馬車鉄道が走っていたことはご存知でしょうか。
馬車鉄道の走っていた時代は明治28年まで遡ります。
旧加賀藩主・前田利嗣(としつぐ)侯が、「前田農場」を創立したのが始まりとなり、この周辺は前田の地が栄えてきたのは別の記事でもお話してきたのですが、少し後の大正11年から約10年間という限られた期間ではあるものの、軽石(けいせき)軌道株式会社の馬車鉄道(通称は馬鉄)があり、現在の道道石狩手稲線を通って軽川・花畔(ばんなぐろ)間を人や荷物を乗せて運んでいたようです。
ちなみに、地域名称として前田が定められたのは昭和17年4月ですから、前田候が前田農場を創立(明治)→前田の地が発展していく→馬車鉄道が運行される(大正)→土地に「前田」と名付けられる(昭和)
このような時系列となります。
交通手段が馬車を利用をしていた歴史がとても西洋風にも感じられます。
令和に入った現在も、手稲区ではなく札幌市の別地区の一部ではありますが、馬車鉄道は運行されています。今や交通手段ではなく、あくまで催事としてですが、北海道百年を記念開設された歴史的建造物の屋外博物館「北海道の明治村」で運行されています。
こちらの手稲区の記事ではこれ以上深掘りはしませんが、ご興味ありましたら行ってみてくださいね。

かつてはワラビが盛んな土地だった

昭和の初めの頃、手稲区の辺りは放牧地でしたが、ワラビがたくさん採れる所として有名でした。
不必要な草は牛が食べてくれたので尚更、ワラビを探すのには困らなかったそうです。
話が少し逸れますが、ワラビはシダ植物の一種で、日当たりの良い土地に群生する山菜の一つです。
わらび餅で有名なので、葉の形はご存知の方も多いかもしれませんね。
ただ毒性があるため生のままでは食用にできません。
伝統的な調理方法として、熱湯(特に木灰、重曹を含む熱湯)を使ったあく抜きや塩漬けによる無毒化が行われてから利用されます。
ワラビは朝採っても夕方には同じ場所にまた生えてくるほど成長が早いため、春から初夏にかけてのシーズン中、手稲区はワラビを採りに来る人たちが次から次へと訪れたそうです。
しかしながらワラビが採れる手稲駅北側の土地は、泥炭湿地でした。
雨が降ると全面田んぼのようになり、馬車も人も到底易々とは通れない程だったそうです。
「物流に不便なこの土地を何とかしよう」と住民たちが話し合った結果、「ワラビを採りに来る人から入場料を取って道路を直そう」という案が出ました。
結果は大成功となり、ワラビは次から次へと生えてきて、ワラビ採りの人は連日押しかけ、入場料はどんどん貯蓄されていきました。
入場料は皆が払えるほどの値段で設定したため、唐突に舗装という訳にはいきませんでしたが、ひとまず砂利を敷き詰めてならす位は出来ていたようです。
当時、ワラビ採りの人たちは朝から3百人くらい採りにきたようです。
ワラビで地域経済の復興だなんて凄いですよね。
ワラビは食用以外でも、根をほぐしてでん粉工場に出荷もしていました。
ワラビからとれるでん粉はイモのでん粉よりもキメが細かいので粘着力があり、ベニヤ板の合板を作る接着剤となったようです。

今回は主に、手稲区の昔の姿に焦点を当ててお話しました。
その土地ごとに歴史が上乗せされ、現在でも受け継がれているもの、惜しくも繋ぐことができなかったものがあるのが分かります。
手稲区や西区エリアを管轄しているイエステーション札幌手稲店では、地域密着の不動産会社の枠を超えてお客様にご提案をさせていただいております。
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